エデン日和

現役ライターが、普段書けない駄文を徹底的に公開するブログ

一度でも記事がバズった経験がある人は、その快感を忘れられなくなるという話

今となっては懐かしい思い出だが、私がライティングを本業にしたのが2011年。この年、とあるネットメディアに転職した。今でこそ月に3000万~4000万PV稼ぐメディアだが、当時は800万PV/月ぐらいだったと思う。編集部にいた人たちは皆、とにかくメディアを大きくすることを考えていて、「目指せ1000万(PV)」を合言葉に日々記事を投入していた。

 

私はそれまで文章を書いてはいたものの、所詮ブログ。ライターとしてのスキルは皆無だった。そのため、編集部の先輩から徹底的に文章の書き方を叩き込まれた。それこそ「てにをは」から、共同通信の記者ハンドブックに準拠した表記の仕方まで教えてもらった。怖い先輩に怒られながら指導を受けたが、その経験が今も生きている。

 

入社から2カ月経ち、私の署名で記事を書けるようになった。署名記事を書くということは責任を負うことになるが、その分実績にもなる。私はとても嬉しかった。その署名記事に私は全身全霊を注ぎ、何度も何度も書き直した。

 

そして記事がバズった。 

 

記事公開は朝8時。出勤する会社員を想定して投入した。この時はまだ、はてブ(「はてなブックマーク」のこと)すらついていなかった。

 

動きがあったのは午前10時。はてブが付き始める。10分もしないうちに、はてブが3つ付いた。すると、自分の書いた記事がはてブ新着エントリーに入った。ここから加速度的にはてブが付いていく。

 

11時には、もう20個のはてブが付いていた。

 

11時30分。ここで大きな動きがあった。なんと記事がホットエントリーに入ったのだ。それまで20個だったはてブも、30個、40個と、どんどん増えていく。12時になる頃には、はてブが50個は付いていた。

 

PVを見た。毎分300~400PVは稼いでいた。爆発的にPVが増えている…心臓がドキドキして、他の仕事が手につかないくらいだった。

 

最終的に、はてブは2900個付いた。PV数は1本で10万PVで着地した。

 

あの快感は忘れられない。脳内麻薬のせいもあるだろうが、身体が熱くなり、鼓動が高まった。達成感と自己承認欲求が満たされた気分が混じり、興奮状態。その状態が2~3日続いた。

 

それ以降、とにかくPVを取りに行く記事を書くようになった。タイトルを工夫したり、画像をキャッチーなものにしたり。2012年には、自分の書いた記事が毎日はてブのホットエントリーに入るようになっていた。

 

しかし、バズる感覚を味わってしまった私は、それ以降、PV至上主義に陥ってしまう。

 

センセーショナルなタイトルをつけて読者を煽る。画像で惹きつける。記事の内容が薄くてもタイトルとファーストインプレッションでクリックさせる。無駄に記事をページ分割してPVを稼ぐ。ハイパーリンクを同じタブで開くようにして、自分の記事に再度戻ってくる際にPVがさらに増えるようにする…。私はただ、PVを稼ぐ機械となっていた。

 

そのメディアは2013年に辞めた。ただPVを狙う生活を送っていて、疲れ果ててしまったからだ。しかし、その後に転職した別のメディアでも、PV至上主義から抜けきれなかった。PVが取れない記事に価値はない、とさえ思っていた。

 

しかし転機が訪れる。

 

2015年のことだ。完全にメディアの使命を忘れ、勘違いしていた私は、ある大手メディアに入る。その大手メディアはCVRを重視しており、CVRによって編集社員全員がランキング化され、全員の順位が掲示されていた。その時、私は「PVは取れるが肝心の商品へのコンバージョン(CVR)が芳しくない」ということを否が応でも気付かされた。なんと、ランキングは最下位に近かったのだ。

 

そこで我に返った。PVだけを稼いでも、読者の心を動かすことはできないということを。

 

数字を追っていくことに没頭し、気づいたら数字だけを追っていた。そして記事のクオリティとメディアの信頼性を落としていたことにも気づく。メディアで働く者として恥ずかしい。「読者に正確な情報を提供する」という、メディアの根本的な役割を無視したことは、大変反省すべきだ。

 

それから4年ほど経ったが、ひたすらバズを狙っていた若かりし頃が懐かしい。今はとにかく文章力の向上を目指し、日々仕事と向き合っている。PVも大事だが、それだけを重視してはならないと考えるようになった。あのバズる感覚に戻りたいという気持ちが無いわけではない。しかし、物事にはバランスというものがある。メディア本来の目的を見失わないようにしたいと心に決めた。