エデン日和

現役ライターが、普段書けない駄文を徹底的に公開するブログ

曹洞宗の大本山!永平寺で参禅修行をしてきたの巻

大学2年生の時、知人の紹介で外国の方と交流する機会があったんです。私は英語が得意ではないのですが、たどたどしい英語でいろいろと話していると、向こうのメンバーの一人が「座禅」について質問してきました。

 

私は無宗教者ですし、仏教を意識するのは葬儀の時くらいですから、その問いに答えられるはずもなく、「…日本の宗教の一つで…畳に座って…叩かれて…」と説明するので精一杯。結局「座禅」に関する文化交流は不発に終わりました。

 

それ以降、「座禅ってどういうものなのだろう」という疑問が常につきまとうようになり…。大学図書館に寄ったついでに調べてみましたが、イマイチ内容を掴めず終い。ここで諦めてしまえばいいのですが、この疑問が降ってきてしまった以上、なんとか禅について調査してみたいと思うようになりました。

 

ということで、座禅について調べるには実際に体験するのが早い、しかもどうせなら厳しそうな修行がいいなあということで、只管打坐で有名な曹洞宗を選択。修行するお寺も、いっそのこと大本山が良い!ということで永平寺の体験修行コースに参加してみることにしました。

 

東京から福井県永平寺に行くには、今なら北陸新幹線で金沢まで行くルートのほうが良いかもしれませんが、当時は北陸新幹線などありません。東海道新幹線米原まで行き、特急しらさぎに乗り換えて福井駅に向かい、そこからは永平寺までバスに乗りました。

 

永平寺に着くと、さっそく同胞に出会いました。東京の大学から来た学生2人。見た感じどこにでも居そうな学生に見えましたが、東京からわざわざ永平寺に修行に来るというあたり、物好きかアクティブさ全開の学生なのでしょう。「ここに来る前、俗世でマクドナルドを食べてきた」などと、この時点では修行を甘く見た言い様をしていました。

 

ロビーのようなところで手続きを終え、本日から4日間修行する予定のメンバーが揃うまで待つことに。今回一緒に修行するのは、私を含めた大学生の男女6名と、中年女性4名、中年男性4名、60代男性2名、そしてアメリカ人1名、イスラエル人1名という面白いメンツでした。アメリカ人は日本語が話せましたが、イスラエル人は話せないらしく、英語担当の雲水(修行僧のことで、参禅修行者の指導を数人で担当します)が英語で説明していました。

 

全員が揃ったところで、参禅メンバーは一同、修行する舞台となる建物(地上4階、地下1階)に連れて行かれました。控室があるのは4階、風呂は地下にあるとのこと。旅館1棟ほどの大きな建物でした。

 

参禅者控室は、男女別に2つの部屋(1部屋20畳くらい?)が割り当てられました。この控室は、着替えや就寝、禅の間の休憩をするために使います。見渡すと、公民館の畳の部屋のようなイメージ。長テーブルも公民館のものと同じ。茶碗と急須が人数分あり、茶筒もあります。

 

その時はじめて気がついたのですが、参禅修行中はほとんどその建物の中からは出られないのです。もちろんコンビニにも行けません(修行を舐めるな!)。

 

食事はある程度覚悟していた(たぶん質素な食事になるのだろうという程度)が、飲み物がお茶だけというのはつらいです。私は煙草を吸わないのですが、喫煙者は禁断症状になると思われます。さすが「修行」というだけあって厳しいです。

 

おまけに携帯電話やお金などの貴重品が没収されてしまいました。完全に「隔離」です。この世に生を受けて以来、ずっと情報化社会の中を生きてきた私。情報を完全に遮断されたのは、後にも先にもおそらくこれが初めて。控室から見えるのは、パソコンの壁紙にありがちな庭園の風景のみ。聞こえるのは、川のせせらぎだけでした。

 

控室の向かい側に、座禅をする部屋(60畳程度)がありました。座禅するときは、この部屋で行います。そこには高さ50cmくらいの段差があり、表面は畳敷き。半畳ごとに座布団が置いてあります。それが数十人分並んでいました。この1人分のスペースのことを「単(ひとえ)」と言うそうです。

 

私の単は窓側にありました。窓と言っても、障子で閉ざされています。少し窓が開いており、そこから永平寺を流れる川を見ることができました。面白いことに、この座禅部屋は「冷暖房完備」。意外と近代的なんですね。

 

14時くらいから、作法などの説明を受けました。参禅修行では、食事、マナーなどが厳格に決まっています。ちょっとでも違うことをすると、「もう一度」と言われてしまいます。私たちは練習時間内にマスターすることなく、食事の時間が近づいてしまいました。

 

17時から実際の食事(正確には薬石と言います)が始まりました。さっそく私は、作法を間違えてしまいました。一人の間違いは全員の間違い。全員が作法通りに進まないと、先に進めないのです。結局、全員の食事が終わるまで1時間半くらい掛かってしまったのです。

 

食事の後、風呂に行き、その後座禅。座禅は1ターム40分くらい。それを何回かやっては、10分程度の休みを挟みます。21時に就寝。控室には、テレビもない、ラジオもない、スマホもない…。これがキャンプだったらUNOなどのゲームをして遊ぶところですが、今回は何もかも没収されてしまっていて、何もすることがないのです。次の日の起床はなんと3時30分。とりあえず横になることしかできませんでした。

 

*** 

 

一日のスケジュールは以下の通り(夏期間のもの。冬場は30分~1時間後ろ倒しに)

 

3:30 起床洗面
3:50 座禅
5:00 大講堂で正座(2時間)
7:00 小食(軽い食事)
8:30 作務(掃除)
10:00 座禅など
12:00 中食(昼ごはん)
13:00 作務(掃除など)
14:00 座禅
16:00 晩課(講義のようなもの)
17:00 薬石(夕食)
19:00 座禅
21:00 就寝

 

これを見ても分かるとおり、ほとんど座禅。座禅。座禅。一緒に参加した40代の女性が「帰りたい」と言い始める事件も発生するなど、興味本位だけで参加すると挫折してしまいます。ようやく外に出られたのが3日目の午後。この日は永平寺ダムの見学でした。いつもは厳しい雲水さんも、この時ばかりは普通の青年に戻っていました(よく考えたら、ついこの前まで学生だった人ばかりなのです)。

 

4日目になり、晴れて永平寺という隔離された環境から解放されました。そしてさっそく向かったのは吉野家。それまで薄味(というか、ほとんど味付けされていない)のごはんしか食べていなかった私は、吉野家の濃過ぎる味付けに感動すら覚えました。やはり私は俗世でしか生きられない人間だということを改めて知ったのです。

 

今ならもう少し違った経験ができるのかもしれませんが、当時二十歳そこそこの私にとっては情報から隔離され、食事も制限された経験のほうが強烈だったのかもしれません。もしこの記事を読んで、それでも挑戦してみたいという猛者がいたら、「興味本位だと絶対挫折しますよ」と静かにアドバイスしてあげたいと思います。

 

参禅修行体験永平寺