エデン日和

現役ライターが、普段書けない駄文を徹底的に公開するブログ

小学生のころ、ひとりで豪華客船に乗ってグアム・サイパンに行った話

小学4年生の春(つまり新小学5年生を迎える前)、私はひとりで豪華客船に乗り、グアム・サイパンへ旅行した。

これは地元のテレビ局が企画したもので、小学4年生から中学3年生まで100人くらいが集まり、地元の大学生(男女十数名)引率のもと、6日間の船旅と4日間のグアム・サイパンを堪能するというもの。時は1996年。バブルはすでに崩壊していたのだが、今考えればバブルの余韻のような企画だった。

 

地元からバスで2~3時間をかけて港へ向かい、そこから客船に乗り込んだ。出港の様子は、さながら在日朝鮮人の帰還事業のような風景だった。私は平壌ではなく、米帝のリゾート地に向かった。 

 

乗った船は○○号という名前だった。総トン数が約2万トン 、旅客定員600名(乗組員120名を除く)。映画館も入っており、プールサイドチェアが並ぶ屋外プールもあった。小学生の自分には不相応な客船だった(プールサイドでは、小学生の私でもオレンジジュースも振る舞ってもらえた)。

 

乗ってから気づいたのだが、船酔いがすごい。私は船酔いというものは漁船でしか起こらないと思っていた。しかし現実では豪華客船でも船酔いが起こるということを知った。吐しゃ物が通路に落ちているのを何度も目にした。悪夢だった。この船旅で出会った友人に聞いたのだが、「二段ベッドに寝ていると、上のベッドから(吐しゃ物が)降ってきた」らしい。

 

この企画には中学生も乗っているのだが、そういうお年頃なのだろう。引率する女子大生にちょっかいを出した輩がいた。 私は号泣する女子大生しか見ていないので実際のところわからないが、中学生のすることなので、たぶんスカートめくりとかだろう(そう信じたい)。

まあ、女子大生にも非があると思われる。小中学生チームと大学生チームで出し物(演劇とか)をするという企画があったのだが、女子大生のひとりが服を脱いで、なんとビキニ姿になったのだ。すると、小中学生はそのビキニ姿の女子大生に群がった。ちょうど始球式の時の稲村亜美のように。そんなビキニみたいな格好すれば、そりゃあ中学生は興奮するわな…。

 

で、私は小学4年生。性教育が施されていない時期である。そんなわけだから、年長者は私に卑猥な言葉を教えてくれた。XXXとか。ここでは書けないことをいろいろ教わった。後日、学校でその話をしたら、なぜかクラスで早熟扱いをされるというオチ。

 

グアムでは遊んだ記憶しかない。ビーチでナマコを触ったり、海に入ったりした。ビーチの売店に「炭酸水」と「柿の種」が売られていたのが謎だった。椰子の実ジュースも飲んだ。そして醤油をかけて椰子の実を食べた。マジでリア充!インスタがその時代にあったらアップしていただろう。

現地の小学校を見学する時間もあったが、体育館にジュースの自動販売機があるなど、とてもうらやましく感じた。現地の児童との交流では、なぜか10円硬貨をプレゼントした(これも日米友好の証?)。

 

逆にサイパンは暗い思い出しかない。旧日本軍の戦車が96年当時も残っていたし、バンザイクリフという崖もあった。太平洋戦争末期、日本兵や民間人がここで「日本万歳」「天皇陛下万歳」と言って飛び降りていった。死者は1万人にのぼると言われている。

当時はチンプンカンプンだが、ある程度の知識を持った今振り返ると、戦争の大義とはなんだったのか考えさせられる。

 

グアム・サイパンから日本への帰路でも船酔いはひどかった。結局、私は6日間船酔いしっぱなし。自分は船旅は向いていないと悟った。

 

不景気と少子化の影響だろうか。この企画は21世紀を迎えることなく終了してしまった。しかし、10歳そこそこの男の子が船で南の島に行くというのは、なかなか経験できないことだろう。まずはお金を払ってくれた親に感謝。そして卑猥な言葉などを教えてくれた悪童にも謝辞を述べたいと思う。